2015年4月11日土曜日

今年も元気よく咲きました〜常緑クレマチス・ベトリエ




やっと春らしい陽ざしが戻り ちょっと嬉しい気分
しかし 気温は結構低めのようで 風の冷たいこと
春 特有の風なのか
春だから 暖かい風が吹く そんな固定観念があるが 意外と春の
風は 肌寒い
ああ〜 春だ と着衣を薄手に着替えるから そう感じるのだろうか
何はともあれ 結構 肌寒い 冷たい風がかなり強く吹き巡っている
春の光が輝いている 少しご近所を散策してみよう
きっといろんな花に巡り会うだろう あそこの姫リンゴの花は もう
咲き始めているだろうか あの花はと思い巡らして 玄関先で 靴を
履きかけていると友人からの電話
話が込み入って電話が長くなり 散策はお預け 明日にと・・・・・
なかなか思うように行かないものですね

常緑のクレマチスが咲き始めました
クレマチスと言えば落葉樹 細い枝に葉が枯れたまま冬を越す
時が来たからと はらはらと葉が舞い散ることなく いつまでもしが
みついている それが枯れもしないで年中 みどりの葉がある
そんなクレマチスは魅力的で・・・3年前のちょうど今頃 神戸の
ミュージアムを梯子した時 その道すじで出合った花屋さんの店頭に
「常緑クレマチス〜ベトリエ〜」と書かれた苗を見つけたのがきっか
けで 我が家に・・・・・その時以来 毎年花を咲かせてくれます
樹も小さいからなのか 花も小さく でも可愛らしく愛すべき花です
やはりつる性なので 伸びてくれるかと思って 期待するのですが
細い枝の性なのか 強い風で折れたりして なかなか育ってはくれず
花が咲かなければ 目に入らないほどひっそりとしています
あなた どこにいたの? と問いかけたいほど 普段は 申し訳ない
と思いつつ忘れ去っています
見向きもされず 花の咲いたときだけ ちやほやされて でもけなげ
ですね 時が巡れば 花を咲かせ ここにいますよ と 存在感を
アッピールしてくる
少しだけ薄いグリーンが勝手又陽の光りによってはイエローがかって
も見えます
もう少し大きくなってくれたらと願っています が それには普段か
ら可愛がらないといけませんね 

2015年4月10日金曜日

雨に散りゆく桜



朝から冷たい雨 すべての草木が しっとりと濡れそぼつ
新緑に芽生えはじめた木の葉は瑞々しく彩られている しかし
つい先ほどまで愛でて人々の心を捉えて離さなかったさくらは
いと哀れに 見向きもされず 散りゆく花びらに心寄せる人もなく
唯々 哀れ
地面に舞い降りた花びらは 行き先もわからず 路上に張り付くだけ

〜漆黒の天から小止みなく雨がふっている
 光を浴びた花という花のすべてがけぶっている
 ただ一人の声を聞き分けようと耳を澄ますのだが
 ついに私は聞き分けることができない

 私がもどかしく満開のサクラの花々の下に立ちつくせば
 いつか私自身の幽魂が私から遊離し
 光を浴びた花々の間をさまよっている  そして
 ただ一人の声をさがしあぐねている      
        ー満開のサクラに 降る雨の中でー  中村稔

こんな詩を詠んだ詩人がいます
雨に濡れるさくらの花を見詰め ふと思いだし 探してみると
「花々の詩歌」に載っていました
読んでみると作者の想いが伝わってくるような気もするし
若き日に味わった懐かしい心にもなります

我が家の車 ガレージ横の家 そこの桜の枝葉が 張り出して車の
上に覆い被さり 我が車は どこにも行かずともゆっくり花見が
楽しめているようで・・・
散りゆくときは 花びらに埋もれるほど 花電車ならぬ 花車に変身
お天気が良ければ風に吹き流されてゆくけれど 雨の時はぴったりと
張り付いてこの有り様
寂しい自然現象なれど 桜の散りゆく姿は風情があって 趣も豊か 
心揺さぶられます
桜の季節は いよいよ終わり また 次の年を 楽しみにして元気で
過ごしたい

「山ざくらをしむ心のいくたびか
     散る木のもとに行きかへるらん」  周防内侍

山桜が散るのを惜しむ心を詠っている まさにこの心 同感
来たる年にもいい桜を見せてください いや 良き桜を見るために
自ら成すべきことは・・・・・考えずともわかっていること
ありがとう 感謝しています

2015年4月9日木曜日

お休みモード


久し振りに晴れて気持ちのいいこと
陽がさす 空がブルーに輝く たったそれだけのことなのに
全てのうごめくものが変わりゆく 自然現象と言えすごい力があると
今更思い知らされる
この写真 金魚が仲良く三匹並んで 底にへばりついています
金魚のお休みモードです 睡眠の態勢です
以前 飼育していたごく普通の金魚は あれよあれよと言うまに大き
くなりかなり長生きをしましたが ある日 突然天国へ旅立ちました
空になった水槽を眺めて いかにしようかと相棒と相談 又金魚を
飼うことにして・・・・・求めたのはリュウキン三匹
この金魚 夜になると 今までスイスイ泳いでいたのに 底に沈み
じ〜っとしています 以前の金魚には見られなかった行動なので
初めて見たときは ええっ〜 ダウンしたの? と一瞬思い 水槽の
側へ寄ると 人の気配を感じ泳ぎはじめ なん〜だ 休んでいるのか
と 事の次第が解りました
この金魚の種類がそうさせるのかどうかは定かではありませんが 水
槽が明るくても 夜に入ると底に沈み 一カ所にかたまり 静かに
しています 勝手にお休みモードに入ったと決めています
魚のおねんね〜なんだ この後 水槽の灯りを消してもそのままの状
態でいます いつ目覚めるのかは解りません
睡眠時間が何時間なのかも解りません 人間のように今日は睡眠不足
だからちょっと寝坊しようかなんて ことはないのでしょうね
目覚めたとき ああ〜よく眠れた と気持ちの良い伸びをするのかな
ちょっと面白いなあ〜と思い 報告まで

今日の午後 教会地区の集まりに出席しました
聖書の説き明かし 賛美 祈り そして兄弟姉妹との交わりの時
新しくこの4月から赴任された伝道師との交流 それぞれに良きお
話し 交わりがもて 帰路は心 満たされ 暮れ泥みはじめた
空を眺めつつそれぞれの家に・・・・・・
その道のり 今が時を迎えた紫木蓮の花が 輝いていました


 伺った家のすぐ近くの紫木蓮 あまりの美しさに 会に伺う前に
シャッターを切りました 夕方では と思って
春の陽を一杯に浴びて美しい 輝いています
今日の牧師の話 最初から最後までとても心に染みいりました
「わたしたちクリスチャンは この世に流され この世に変えらて
しまうことによって生きるのではなく わたしたちを新たにしてく
ださり この世を新たにしてくださる神を信じる信仰によって生き
るのです
この原点を代々のクリスチャンは主日礼拝を守ることを通して学び
 教え 受け継いでいきました わたしたちもまた それに続く者
として 礼拝によって生きていく者でありたいと願います」
この結びの言葉を 心に刻み しっかりと十字架のイエスを仰いで
生活せねばと・・・・・今日も祈ります 恵みに感謝して                                                                   

2015年4月8日水曜日

花アレンジ レッスン〜4月〜


寒い 冷たい風の中 花アレンジのレッスンに
外気の寒さとは遠くかけ離れた 春 はる ハルの花材
寒いね 冷たいね 手袋をはめてくればよかった それぞれの声が
教室に響く
与えられた花材は 暖かい春の花
それらの花を手にすると 冷たい 冷えきった指先が ふと温もって
温まり こころも穏やかに和んでゆく
花の力で温められて まっとうに向き合って 優しい花を愛でながら
活ける
ライラック ラナンキュラス カーネーション バラ アジアンタム
どの花も春を彩る ああ〜春 
実感しながら 優し色合いを自分の思うように活けてゆく
それが良かったのか悪かったのか 花が生かされているのか
花の優しさ その持つ雰囲気が 充分に生かされているのか
自ら活けるその思いが伝えられているのか
優しさを表そうとか 力強さとか その思いが表現できているのか
学びの箇所は 山ほどあれど なかなか思うようには 活けられず
表現できているか否かはともかく 心に思いはもって 懸命に格闘
しました結果ですが・・・・・いかが?
楽しい作業です 花を触る こんなに心安まるのかと・・・・・
アッという間に過ぎゆく時間 それぞれの成果を抱えて家路に
次のレッスン日が待ち遠しい思いで・・・・仲間と別れゆく
帰る時間はもうかなり陽は西に傾いているけれど
なんだか久し振りに陽の光りを浴びて・・・心に充実感を抱いて
又来月 感謝の心で・・・・・

2015年4月7日火曜日

春の花の終焉


だれですか? 大口 開けて笑っているのは・・・?
あなた 女の子でしょう
もう少し上品になさっては いかが・・・?
お嫁のもらい手がありませんよ
大きな声で笑って 元気な証拠で それはそれでいいのでしょうが
もうちょっと 物静かで 慎ましやかで いてほしいなあ〜
あなたは 或る意味 庭の 花壇の春を彩るに最もふさわしいはずよ
ああ〜 あなたが チューリップだとは・・・・・
想像もつきませんことよ

そうです 小言を言われているのは チューリップです
一番乗りで咲いて ど〜うでしょうと 肩張っていたのに
微笑んでいたのに いつのまにか大笑いになって みっともないこと

今日の寒さ 震えます お昼前 ちょっと外出
たずね行く先までの道のりが なんと向かい風の道
強い風が吹き付けて 髪の毛は逆立ち 思うように歩けない
そして手の冷たさ ああ〜手袋がいるんだ
まるで冬  冷たさと暖かさが拮抗するとき
でもあまりにも落差が大きすぎて 風邪を引きそう
さくらがはらはら舞っています あわれそのもの
咲き始めたときは喜び 愛でて 声を掛け合うのに 散り際は 誰も
見向きもせず 散りゆく花に別れも告げず・・・・・
花の命の短さ 寂しいね
直ぐ横の街路樹のさくらは まだまだですがそれでも命の終わりが
来たようで 樹の下はピンクの絨毯が・・・・・
お天気がよければ 手ですくい求めたいと思ったけれど 昨夜の
雨でしっとりと濡れている
でも最後別れ 見事な絨毯を・・・・・
ほんのりとさくら独特の匂いがあたりに立ちこめて・・・・・
ああ〜 別れの挨拶を・・・・せめてもの心づくしなの




2015年4月6日月曜日

黃木蓮〜エリザベス〜




はっきりしないお天気 鬱陶しいこと
春という気候のせいなのか それともお天気がすっきりしないからか
なんとなく体がだるく 気力が湧きません
疲れがたまっているのでしょうか 昨夜は充分眠っていますのに
それでも ボンヤリしているわけにもいかない性分で 庭に降り立ち
雨露で濡れている花殻を摘み 自らの仕事の布合わせにかかる が
頭が上手く働かず 色合わせするのもしんどく思い切って決められず
と言って また あしたなんて言えば 楽なのかと思う
しかし そんな事をしていると 時はどんどん過ぎゆくので 今日は
色合わせと決めたからには と強行に色を組み合わせました
これから作業していく上で きっと後悔もし変更するのが目に見えて
いますが 一応 取り決めたのでこれから 作品の制作に入ります

庭に降り立てば そこから離れづらいほど花に見とれ この花もあの
花も咲き出した おお〜芽吹いている りんごの花がもうすぐ咲く
喜びに溢れて いつまでも留まりたい心になって・・・・・
なにもすることがなければ 一日でも 心も頭も空っぽにして座って
いたい思いが・・・・・でも生きてますからそうは参りません
いつもの年より早いのではと思わせて 黃木蓮エリザベスが 今朝
から開きはじめました
でもよく考えてみると 桜が散り始めると咲き始めますから例年通り
なのでしょう

昨夏は成長が著しくどんどん背が伸びる 葉が茂る 鬱蒼たる木に
なりいかにしようかと思ったほど 又 暑い夏の盛りに 花が3輪ど
咲き驚きました(夏の時 報告しました) 
秋の終わりには 蕾が一杯でき 春になって全部 咲けば
美しいだろうなあ〜と楽しみにしていましたが 葉刈りに来た庭師
が これはこれはと 枝葉を剪定 風通しよくしてくれました
しかし 残念ながら 花の数は減り 昨年より少なく 寂しいこと
でもしかたがないですね 枝を切る庭師の方に なるべく蕾のつい
ていない枝を切ってね と お願いしましたが そんな上手くはい
かず・・・しかたがないですね 
でも樹木としてはすっきり スタイルはよくなりました
蕾が全部 花開けば 見事なことでしょう ありがとう
つぼみを抱いたまま冬を越すのですから それだけでも大変
感謝しています
元気な花に会えただけでも よかったことですから感謝


2015年4月5日日曜日

イースターは雨 墓前祭へ 巷での雨はさくらの涙





Easter 〜イースター〜 復活祭
朝から生憎の雨 それでも時には降り止み 午後には晴れるかな
晴れずとも 雨さえ上がってくれればと 儚い望みを抱きつつ教会へ
復活節礼拝に・・・・・
主の復活の恵みに感謝しつつ讃美の歌を歌い 聖歌隊の「メサイア」
を聴き 聖餐に預かり 受難から三日目に甦られた主を思い この
一週間 否 これからの道をしっかと歩まねばと心に刻んで 祈りを
捧げる
教会で昼食をいただき例年通り墓前祭の行われる芦屋霊園へ
教会を出るときは雨も殆ど降ってはおらず うれしいと思ったのに
心がけが悪かったのか 霊園に着く頃 雨は激しく降り出す
墓前祭も 傘をさして ますます激しく降る雨の中 式辞 賛美
祈りと そして 納骨を見守る
雨で山々はかすみ 直ぐ近くが見えないほど白く煙る その無情の
雨の中 讃美の歌が 山々に響きわたってゆく 
家路につくために電車に乗る頃は雨も上がりつつあり なんと皮肉
な事と思うが 神の国へ旅立たれた方の遺族の涙かも
愛しい人を失った哀しみの涙 それでも讃美の歌が優しく響いて心
救われてゆくのではないかと思いつつ 祈りと共に霊園を後にしま
した 又 訪ねて来ます と・・・・・・
我が家も 主の復活の喜びを あちらこちらにイースターエッグを
飾り Happy  Easter ! と喜びを表しています

イースターは春を象徴し いよいよ春爛漫の季節に移りゆく
桜も哀れに 今日の雨でかなり散りゆき 濡れた舗道を 絵模様を
描いて 私の春は終わりましたと・・・霊園での雨と違って巷での
雨は さくらの涙かも・・・・・
もう別れの時が来ました
また来春まで となみだが溢れているのかも
来年も桜を愛でることができますように 主の恵みを感謝し
健康で過ごせますことを願って祈ります