2014年3月11日火曜日

弥生三月 春は名のみか


「わびしげに早ばやとくれてい
た頃にくらべて ずいぶんと日
が伸びてきた 「一月往ぬる 
二月逃げる 三月去る」と こ
の時期のあわただしさを表して
言う このあいだ年をまたいだ
と思っていたのに もう弥生も中旬に入る
それなのに偏西風の蛇行とかで
寒気が居座る 唱歌の「早春
賦」は二月の歌と思っていたが
今年は東京 あたりでもまだ
「春は名のみ」だ といっても
気温の話で 光はもう十分に
春の色を湛えている」
天声人語 3/10
暖かい光が注ぐなか 旅に出た
小さなちいさな旅に
その道行きでの車窓風景
雪景色 ここには 春の香りは
まだ先なのか と思いつつ眺め
いる 走っても走っても続く
雪景色 いつまで続くのか
畑も 家々の屋根も 白く覆い
終わりがなきが如くに続いて
がやがて現れるであろう黒土を
思い描きながら 春は名のみか
と・・・やがて伊吹山の雄姿が
だが残念ながら 頂は雪雲に
隠され 山の端も雲に覆われて煙立つのみ ああ〜ここも春は名のみ

今日は東日本大震災記念日 三年目 あの日のことは忘れられない
と言って 揺れに見舞われたわけでもなく 津波の恐怖におののいた
わけでもない だが 身の回りで起きた事柄と重なって忘れられない
3月10日 昨日の天声人語の続き
「せんだって 小覧で照井翠さんの震災俳句を紹介した 岩手県の高
校教師で東日本大震災を体験した人だ その後 俳誌に連載中のエッ
セー「釜石の風」を送っていただいた 最新号の「三月を愛さない」
という題名に はっとさせられた
「ここ被災地では 私達は三月を愛さないし 三月もまた私達を愛さ
ない 三月は凄惨な記憶を蘇らせ 私達の心をずたずたに引き裂く
・・・・二月の後が すぐに四月であったならと思う」一語一語が
当事者でない者の胸に突き刺さる
「忘れない」の声は薄れがちで この国 とりわけ東京の日常はいつ
しか浮かれてしまった観がある 被災した人の胸の内は一様ではある
まい ただ 春を明るいものと見た「かって」に立ち戻れない人を
思えば 三月はやはりつらい月だ」
この記事を読んだ時 ずし〜んと胸になにかが 響きました
呑気な思いで春を待ち 三月弥生と希望を載せた思いが・・・・
当事者でないと解らない思いを知りもせず 唯 ひたすら春を待ちわ
びる けれど どうすることも出来ない 唯早い復興と 心の奥深い
哀しみ 痛みが 早く消え失せ 共に楽しい春を 微笑みで迎えられ
ることを祈るしかないのか と・・・・・
重く 深く受けとめた天声人語
最後の締めくくりに救われる思いで
「きのう 黒土を割って咲く黄色のクロッカスを近所で見つけた
木々の芽も張ってきた 被災地でも 冬が幼い春に少しずつ道をあけ
ていくときだろう
鎮魂と再生の三月を分かち持ちたい」 天声人語3月10日 

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