2012年8月31日金曜日

夕焼け雲

今日で八月は終わり 
いよいよ秋の匂い立つ九月 
九月だよと聞くと嬉しい 
もう秋に・・・と寂しいような
嬉しいような変な気分 
でも まだまだ 秋は遠い様子夏 夏 熱気ムンムン 風でも
と 窓を開ければ熱風が・・・
まさに温風
夕方 一ヶ月ぶりに美容院へ
美しく(?)なりに・・・・
その帰り あちこちと買い物を
して最後の本屋さんへ 定期刊
行本を受けとり さて急いで帰
らねばと思いきや 突然の雨
大粒の雨 屋根から道路から
叩きつける ありとあらゆる物
をお構いなく叩きつける激しい
雨音・・・しばし本屋の店頭で
呆然と・・・雷鳴こそ耳にしな
かったが なんと激しい雨
夕立でしょう? またたく間に
道が川に変わりゆく なんとい
う降りよう その凄まじさ
驚き 僅かな時間で雨雲は去り
ゆき 雨上がりの帰り道
傘をたたんだ道で出会った雲は
羊雲のようで オレンジ色に
染まりもくもくと羊が群れてい
るようで 黒雲を避けていたか
のように集まって群れとなって
いる 残り陽を浴びて優しい色
に・・・・・
そして家の前まで来てみると
空は一変して まだ黒い入道雲がはびこって 渦を巻くように
うごめいている またこれから一暴れする準備を始めているか
に見えその下で 夕やけ色に染まった雲が顔を覗かせている 僅かな
夕焼け 雲の間から 飛行機が・・・・しっぽを伸ばしながら 何処
かへ飛び立ってゆく 束の間の出来事 飛行機の去った後は 雨雲か
帳を降ろす準備の雲か いずれかの雲が オレンジ色に優しく
染まった雲をかき消してゆく
自然の広大な営み 恐ろしいような それでいて畏怖の念に晒されて
身が一瞬 震える
けれど空は美しい 自然は恐ろしい 何をもたらしてくれるのか
恵みか 恐怖か されど一刻一刻 写り変わりゆく天空は いろんな
想いをのせて 色々なものをもたらしてくれる
今宵 月は十四夜 満月 さて観ることが出来るでしょうか
厚い雲に覆われるのか それとも風が搔き払ってくれるのか 
月が 美しい季節になりつつある今 空を見上げる機会も多くなる
星も月も・・・・・さあ〜月に挨拶を送ることが出来るのかな?
今晩は と 
今 夜空を見上げてみました 月は煌々と輝いていますが 周りには
薄い雲が棚引いてしかも笠を被っています
雨降りお月さんでしょうか・・・・
皆さんもちょっと空を見てみませんか 美しいですよ
月は 地球上の人たちを どんな思いで観ているのでしょう
光を送り届けながら・・・・・  

2012年8月30日木曜日

私の名前を教えて〜

今日も暑い 陽射しはそれほど
強くない にも関わらず 暑い
湿度が高い 少し歩いただけで
汗の滲み方が 酷い 体中から
吹き出してくる嫌な汗 
はやく秋よこ〜いと叫びたい

この花の名前は???
私の呼び名は ご存知ですか
知っている方 この指と〜まれ
友人宅へ出掛けた帰りに出会い
ましたが 名前がわかりません
友人宅のすぐ近く 2〜3件
離れた家のガレージの端っこか
ら顔を出していました
背丈も ガレージの扉の高さ
上部は蕾なのでしょうか 小さ
な塊が ニョキニョキ伸びてい
ます これから満開にあるべく
準備をはじめた蕾の塊が 根元
の方に・・・・・
初めて見た気がします 初めて
です 偶然観ていることはある
のでしょうが 意識して見るの
は はじめて・・・・・
さあ〜なんていう名前でしょう
あなた お名前は と声を掛けても 首を振るだけ
黙っていないで教えてよ 
風に揺られて矢っ張り首を振るだけ あらっ〜 恥ずかしいの?
ピンク色に頬染めて 首元は もっと濃く染めて・・・・・
誰かに聞いた方がいいのかしらん?
でもね 調べたけれど よく解らないのよ
ガマズミに似ていると思ったけれど 葉の形が少し違うのよ
かなり大きな葉ですものね 
これからがいい時なの? それとももう終わりかけなの?
よそ様の家 しかも敷地内 よく見えないのよ
教えて欲しいな〜 
花開くと美しいのね〜エ ピンクのレースをまとったようで
恥じらいをみせて 綺麗よ 初々しいこと
そん初々しい時が 私にもあったような気がするわ
いつだったでしょう 遠い昔よ 
初めて 愛しい人と出会いを約束した時
矢っ張り 頬はピンクだったはずよ 
いそいそとして ピンクのレースはまとってはいなかったけれど
あの時の心は初々しかったはずよ まるでピンクのレースのように 
もう忘れてしまうほど昔の話 遙か彼方 もう霞の彼方ね
どなたかご存知ありませんか 名無しの権兵衛では 哀しいもの
私の心の中で さみしい風が吹きます 
良いお便り 待ってます

2012年8月29日水曜日

一輪の花

朝から怪しい雲行き 洗濯物を
干せば小雨がぱらつきはじめ
慌てて中へ取り込む始末
降るでもなく晴れるでもない
どんよりとした空模様
昨日 報告しました教会員姉妹
の葬儀式へ・・・・
残された家族の事を思うと胸が
痛みます
ご主人からも息子さん達からも
愛されて愛されて旅立った彼女
息子さんと我が息子との関わり
があっただけに 彼の心根を
思うと涙が溢れてくる
お母さんがあなたたちを愛した
慈しんだその思いを胸に 強く
たくましく生きて欲しいと祈る
最後の別れ 花を胸元に捧げる
苦しみも無く穏やかな表情 今にもにっこり笑顔を見せて 
お久しぶりの声が聞こえてくるような そんな安らかな姿に別れを
告げて・・・もう会えないのね あのね と話しかけてくださる様
な感覚に・・・この世ではもう逢いまみえることもなく 哀しいけれどこれもさだめ 別れを告げて外に出て出棺を見送る サヨウナラ 天の国で会いましょう 忘れないでね 
人が散り散りに去って行く 寂しさだけが取り残された教会
ふと 表通りにの植え込みを観ると 夏水仙(玉すだれ)が 一輪
咲いていました やや首を傾げ 旅人を見送るかのようにわずかに吹
く風に揺らめいていました たった一輪だけ この花の季節も終わり
だったのでしょう すごく印象的でした 何処にでも 何処の庭に
でも咲いている花 今 見送ったばかりの彼女が 舞い戻ってきた
ような錯覚におちいるほど 印象的でしかも可憐でした
教会のすぐ前の家の庭では ムクゲが 元気溌剌に山のように群がり
背高く伸びてすくすく育っていました
息子さん達 この花のようにすくすく伸びて(もう大人ですが)元気
に暮らして欲しい 花たちもそう願って 風に揺れながらメッセージ
をパワーを送ってくれているのでは・・・
彼女の好きな聖書の箇所を 今 改めて読み直して 平安を祈りつつ

2012年8月28日火曜日

空気弁って〜?

むんむんする暑さ 
時はすでに夕方 風はそよとも
吹かず 少しぐらいは涼しく
なれよ!と・・・・・
昨日 聞いた訃報 なんと信じ
がたい知らせ まだ若い63歳
早過ぎる 最愛の夫と息子二人
残して その前夜式に出る為に
駅のプラットホームに なんと
そのホームでは 風がどこから
ともなく舞い上がって強く吹き
巡り あれよあれよと急いで頭
を押さえるほど強い風 髪の毛
が踊り始め逆立ちまでする
暑い あつい その思いに
風を送ってくれたのか 
天の国に旅立ちた友が・・
髪を押さえながら眺める
夕空の雲は 強い風の気配
も見せずに穏やか浮かんで
いる 最早 茜色は去り 薄紫に変わりゆく雲が 静かに 静かに 
漂っている 友の哀しみが 無念さが・・・負け戦の中での治療
その苦しい治療の中でも 幸せだったと言い続けたそうで・・・
その心情 いくばくもない命の中での心情 おもんばかるとつらい
夕闇が迫り始めた雲は なにを・・・・この先にこの雲のさきに
彼女の優しい笑顔が・・・・・安らかに・・・・・
こちらの思いがあるせいか いつもと違って見えた雲 地上を
歩いていた時は 微風たりとなく 夕方なんだから少しは涼を・・
そう思いながらホームの上がると強い風 その落差 友の優しさか
お陰で 汗もひき 風に煽られながら 友を思い 夕空を眺めて
しばしの時を過ごしました
先日の神戸の街中で 珍しい蓋を見つけました マンホールの蓋と
いうのか どう呼ぶのかは解りませんが 消火栓の蓋のような形で
したから そう思って近寄ってみると デザインも珍しいく そこ
には 空気弁と・・・・・消火栓とか雨水とかは意味が解りますが
この空気弁は? ?です しかもデザインは幾何学模様 
何を表しているのでしょうか ちょっと面白いですね
神戸の街は良く行きますが このような蓋を見たのは初めて・・・
何に利用されているのか どんな役目をしているのか ???です
人の歩く道 大きな幅の広い道もあれば細い路地もあり 殆ど人が
通らないような道もあれば ショッピング街のような道もあります
様々ですが いろいろ見ていますと随分いろんな蓋がありますね
道は 土の道 アスファルトの道と様々ですが 都会の道は 唯 
人が歩くためにあるのではなく 足下のしたでは いろんな働きが
あり 多分 迷路のようにいろんな管が 張り巡らされているの
でしょう そしてひとつひとつが役に立っている そう思うと
面白いし 道といえども侮れないですね
空気弁と記された蓋は 他の場所では まだ お目にかかったこと
がありません 珍しい〜と思いましたが・・・・・

2012年8月27日月曜日

標識

今日のお題は標識 変ですか
毎日 飽きもせず書き続けて
いますが 落語のようにお題を
決めて書くわけでもなく 思い
ついたままを書く そして浮か
び上がってくるお題
この標識 目につきやすい壁
或いは電柱に・・・でもなく
足下に・・・・・
先日 神戸の街を歩いいる時
に見かけました センター街
の近くで いつも道を歩けば マンホールの蓋が気に掛かります
おや色がついた何かが 蓋?と首を傾げながら 近づくとプレートが
道に貼り付けてありました 否 埋め込んでありました
なんのプレートかとよくよく観れば 喫煙禁止のプレートでした
タバコを吸う人は 何気なくぽいっと吸い殻を捨てますね
最近は そんなお行儀の悪い人は見かけなくなりましたが タバコは
健康に良くない 吸う人と共に傍にいる方にも影響があると言う事で
公の場所は殆ど禁煙になりました
それでもタバコの好きな人は 何処ででも吸いたいのでしょう
さすが 神戸市は 考えましたね 道の真ん中に貼り付けるとは・・
吸ってはいけませんと言う看板を 人通りの多い道のど真ん中に置い
ているようなものです
アイデアですね サイズといいロゴといいなかなかセンスいいなあ〜
と 路上喫煙禁止地区 神戸市 と赤い禁止マークの中に書かれ 
四角のプレートの周りに日本語 英語 韓国語 中国語で路上禁止区
と書かれています
道路というのか道も利用の仕方次第かな アーケードになっている
センター街 この禁止マークの標識の他に アーチストによる作品が
埋め込まれています
いつからなのでしょう 今まで気付きませんでした 
創作版画(川西英作)の神戸百景 そしてモニメントなどが目を楽し
ませてくれます
2丁目はアートストリートして力を入れてるとのことです
写真が上手くとれません 天井のアーケードが 映り込んでいるから
でも いいですね こうして街が発展していけばなにより・・・・ 
そのアートの作品群がある程度の間隔で並べられている手前でしょう
か 良く理解しきれませんが 喫煙の標識が・・・ アートの中に
混じるために嫌な顔をする人もいるかも しかし街の美化のためには
当然かも でも邪魔にはなりませんでしたよ
我が町から比べると数段センスが上ですね 矢張りハイカラな街なの
でしょうか
今日のお題「標識」は如何だったでしょうか
気にもせずさっさと歩きましたが 今度は鑑賞しながらゆっくり歩く
ことにします

2012年8月26日日曜日

雲 くも クモ・・・・

やがて時は 9月を迎えようと
すべての命は 待ち焦がれる
だが 8月も終わりを間近にし
てこの暑さ なんという過酷さ
もう いい加減にしてくれよと
大声を上げて叫びたい 
天に向かって叫ぶのか 
地に向かいて吠えるのか
か弱な肉体が 潮を吹くか如く
汗が流れゆく
またまた駆け足でやって来た
日曜日 祈りの時が讃美の時が
身だしなみを整えて・・・・・
駅までの道のり 大通り
ああ〜青い空 白い雲
美しい 浮かぶ羊雲
ふんわり浮かぶ雲は 秋近しを
思わせ その片隅で夏雲が
もくもくと沸き立つ
この道の先に何がある
遙か遠くの先に未来があるのか
未来はしっかとあるのよ
だから 歩みなさいよ 
背筋を伸ばして歩きなさいよ
この先の雲の向こうに 
輝く光が・・・・
ブチブチ文句を唱えないで
歩いてごらん 真っ直ぐに
道の先のさき 誘われるように 
背筋を伸ばして 大股で闊歩して・・・
祈りと讃美の時を 学びの時を・・・心満たされて家路に
朝の雲は 影を潜め もくもくとわきたつ入道雲
いかがであったか 今日は? 
よき日であったか それとも不足か
まるで人の心を 推し量るかのようにのしかかってくる 
問うてくる 
やがて降りる帳を待ち焦がれるように 黒みを帯びた雲は
答えを急がせる 如何だったかと・・・・
夜の帳は駆け足でやって来る  ただ ただ 闇が迫ってくる
急ぎ足で まるで地の底へ追い込むかの如くに
あなたとはご一緒できません 
地の底は ごめんです 静かに待ちます 朝の光を
希望に輝く光を・・・・・
あなたはあなたで 旅立って下さい 
またどこかでお会いしましょう 
あしたの空か きのうの空か いずこかでお会いできるでしょう

2012年8月25日土曜日

こんな処で節電してました


処暑も過ぎたというのに暑い 今日は
格別に暑い 秋風がたち始めるかなと
胸 膨らませて待ち望んでいるのに 
私は存じませんよ とそっぽを向いて
悪戯心を増幅させて これでもかと更に
暑き日を送り届けてくれる いらないプ
レゼント
きのう 天然真珠の美しさを 堪能した
帰り道 バスに揺られて摩耶大橋を渡り
海岸線を走り市役所横の東遊園地で下車
昼間 訪れるのは初めての遊園地
ルミナリエの時に来ましたが ここが
阪神 淡路大震災のモニメントや慰霊碑
があることは耳で聞いて知ってはいまし
たが 現実に目の当たりにして 美しい場所であるのに驚きました
整然として 緑も豊か 慰霊碑 希望の灯などを見て回る時間がなく端を通っただけです
ふと名称は東遊園地ですが 公園では・・・・公園と遊園地とどう
違うのと論じたくなりますが とにかくバスを降りて公園の中を通り
ましょうと足を踏み入れようとした前に レリーフが壁のように建ち
並んでいました まるでようこそいらっしゃいと そのレリーフの壁
が二枚並んでいます 素敵なレリーフ その前にベンチも備え付けら
れ どうしてここに? しかもレリーフの下は深い溝が・・なんで?
と不思議に思いつつ その間を通り抜け中に入るとなんと水路に・・
なるほど レリーフが滝なのか そして水路を流れて中央の池に水が
巡っているのかと感心しました けれど ここでも こんな処まで
影響しているのかと なんだか淋しい気持ちになりました
水が流れてはいません 水路はからからに乾いていました そうです
節電のため水を流すのを・・・と書かれた立て札が 焼けるような陽
射しを浴びて立っていました
節電協力がここまで及んでいるのかと 折角 緑 豊かで少しは涼が
求められるかと 思いきや 噴水も駄目? そうなんですか 
なんだか悔しいけれど 使いたい放題に使うのも良くありませんが 
よき憩いの場まで かき消されていくようで寂しい思いでした
無駄遣いは良くないけれど よく考えて・・・と我が身を振り返りま
したが・・・・・果たして??
1976年に制作されたマリーナ像(新谷琇紀制作)は震災で倒壊
時計部分は震災時刻を指し示したまま修復せず その他は修復して新
たに震災のプレート共に復刻 目をひきました
居留地の外国人の運動場としてアメリカ人が設計して作られた遊園地
他の公園や遊園地とは ひと味違った雰囲気が 醸し出されていて気
持ちのよい穏やかな場所 こんな場所が近くにあれば 毎日散歩する
のにいいですね
このような暑さとは縁のない日に ゆっくり来てみたいと思いました
そして希望の灯も慰霊碑も尋ねたいと・・・・・
豊かな気持ちで通り抜けただけ でもあの日が甦って来ます
いまでも 大型のトラックや 変な地響き的な音が 聞こえてきたり遠くからド〜ッという音が耳に響くと 一瞬 来たか〜と身を縮め 
心がきゅう〜んと閉まり 地震? と身構えてしまいます
またいつか 訪れますね とみどり茂る木々に 遊園地を吹く風に
別れて 都心へ・・・・

2012年8月24日金曜日

美術館へ〜

朝から晴れて 空も高く 青く
澄み渡り 足取り軽く県立美術
館へ「パール 海の宝石」展へ
カタールと日本の国交樹立40
周年を記念として開かられた
展覧会 天然真珠の成り立ちや
アラビア湾での真珠採取の歴史
や二千年にわたる様々な文明の
中でどの様に珍重されてきたか 
そして王族ゆかりの宝飾品 な
ど多く展示されていて 驚きと
すばらしさ ため息ばかり
天然真珠の美しさ それに施さ
れた細かい技術などに 驚嘆
ゆっくりとひとつひとつ観られ
味わいの深い展示会でした
なかでも貝の中に成虫が入り
込み その虫に対して真珠核が
包み込んでいき 美しい真珠に
なる その過程のX線写真 現物 その美しさ 荘厳さ 命の営みの
すごさに圧倒されました
素晴らしい物を観たと喜びと充実感は沸き立ったもの この美術館
いつ来ても不満がつのります 考えてしまいます 立派な建物です
見事です 建物内も広々として開放感がありますが なんと言うの
でしょう 効率が悪すぎます 展示場も幾つかありますが 催しに
寄って会場が異なるのはともかく チケット売り場も異なります
それぞれ独立して販売されています 建物内に入り 自分の目的の
会場に行くのに 右です左ですと歩かねばなりませんし チケット
売り場から会場に行くのに これまた階段はすぐ近くにあっても
エレベーターまではかなり距離があり 歩くのも大変という距離
年寄りにはこたえるはねと 友人といつも話しています
チケット求めてさあ〜会場へ はい三階です 階段はここです
エレベーターはここをぐるっと回って ドアーの向こうを左に折れ
てと 効率が悪すぎます 年寄りにはつらい会場 車椅子でも大変
もう少し配慮が・・・・と思いますが 設計から考えないと無理な
のでしょうか 足の悪い人 年よりにはつらい美術館です
そう感じるのは私だけでしょうか 交通にも不便な場所にあり
JR灘駅からかなりの道のりを海に向かって歩きます この暑さの中
歩くのは大変 行く時は下り道ですが 帰りは山側へ歩くわけです
から かなりの登りです 暑いため歩くのを避け 三宮から市バス
または阪神バスに乗っていけば 美術館前で止まりますが 本数が
少なく一時間に2本ほどです 不便でしょう
10時半に三宮に行きました けれどもバスに乗車したのは11時
過ぎ 哀しいですよね 会場に着くまでに疲れてしまいます
それでも 良いものを観て 心にたっぷりの栄養をもらい受け満足
帰りもバスで 東公園前でおり 公園の豊かな緑の中を散策して
都心へ 遅いランチをいただき 神戸の街を歩き 久しぶりに身も
心も膨らませて  暮れなずむ空に浮かぶ 半分の小さな月を眺め
ながら帰路に・・・・・公園の話など またあしたにでも
感謝をもって ありがとう

2012年8月23日木曜日

本当の名前は・・・・・?


今日は暦二十四節気の一つ 処暑
酷暑も収まり始める頃 これにてさらば
であれば嬉しいものの 最近は夏が長く
秋が遠くなって行くようで・・・
夏の疲れも出はじめる頃 体調に用心
用心 
「すみだの花火」という花をご存知です
か その名前をもつ額紫陽花はあります
以前 我が家にもありました 
今から何年前でしょうか 少なくとも五
年は経っていると思いますが ある時 
友人が これ夏の終わりに咲く花で 可
愛いよと ひと株を持ってきてください
ました そして庭にすぐ植え付けました
名前は? スミダノ花よ スミダノ花? スミダノ花火? いずれ
だったか記憶はありませんが その時 ええっ〜 紫陽花ではない
の?と心の片隅で思いましたが 折角持ってきてくださった友人に
対して反発できませんでした
丈夫です いつのまにか 移動して増えています
子孫繁栄を強く望んでいるようで あちらこちらと芽がでます
きっと本当の名前は あると思います
ご存知ありませんか 下さった友人に改めて名前を聞いても 私も
忘れたわよと 定かではありません 
夏の花でしょう 放置しているにもかかわらず 毎年 花を咲かせ
てくれます けれども花の命は短く 朝 陽が射すと花開き お昼
頃 日陰になると花はうつむき 夕方にはしぼんで 朝の輝きは
見る影なく 哀れな姿を晒しています
そのかわり次から次へ蕾が出てきて きらすこと無く咲き続けます
冬に消えたと思っても 春になれば細い葉が顔を出します
幾年かたつと 根元は木になっています また増えて困りましたの
で 間引きすべく引き抜こうとしましたが 抜けません しっかり
と 根が張っているのでしょう 仕方がなく根元から ごめんねと
謝りながら切りました けれど次の春 見事に復活 芽が出て・・
命は大切だと思います しかし樹木や花たちにとっての住処に限り
がありますから ごめんねといいながら 摘み取っていますが・・
抵抗しているのでしょうね 切らないで 抜かないで・・・・
お礼に花をプレゼントするから と訴えているのでしょう
紫の花 好きな色の花 本名が不明の花 結構 可愛い花ですよ
酷暑で花たちがダウンしていく中 元気で溌剌と咲き続けています
マイガーデンに活気をもたらしてくれます 感謝しなければいけま
せんね 増えて困るなんて・・・勝手なこと言ってごめんね・・・

2012年8月22日水曜日

キルトが・・・・

蝉の声が日に日に小さな声に・・・
三好達治の詩ではないが ネジが切れ
はじめてきたのかな(8月19日記)
待ち焦がれている秋の足音が 近くに
暑い陽射しの中にも吹く風は 爽やか
この春 もう何ヶ月前でしょうか
忘れるほど 遠い昔のことのように思
える4月末 やがて初夏の風が薫る頃
バスケットのパターンを縫い上げて
タペストリーに そしてキルトの
デザインをやっと描き上げた報告を
しました 
これからちくちくキルトを・・・・
完成しました 見てください
如何でしょうか 
パッチワークキルトは パターン
色 構成によって 同じパターンを
縫い上げても 人それぞれに違った
味が出ます それがまた面白いと
ころで その人なりの個性が出て
きます 更にキルトデザインに
よってもまた格別な味わいが出て
違ってきます
何人かが 同じパターンで一枚の
作品を作り上げて一堂に並べてみる
のも面白いと思います 同じパターンでも その人によって扱い方
構成の仕方 配色と違いますから・・・
いつの時も このパーターンを使って作品にしようと思い立つと
何色をメインにするか その色も濃淡はどう扱うか 
この色系とこの色系でしょうと決めれば 布選びが楽しい仕事です
そして型紙をあてて布を裁断 ちくちくと縫い 配置を決め そし
てキルトをします またお気に入りの布を使いたい時は この布を
生かすには パターンは? 或いはサイズは?といろいろ考えます
そこには 夢も希望ものせて事が運びます 縫いながら 或いはキ
ルトをしながら 様々な思いに囚われて 迷い 苦しみ 哀しみ
喜び 時には過ぎし日に想いを馳せ また未来を思い 希望と夢と
入り交じり 日々を重ねて 仕上がってゆきます
布地屋さんを覗けば ふと目についた布 好きな布 それらを見る
ことによって この布で ○○を作ろうと 店頭でイメージが広がり
希望と意欲が沸き上がってきます 馬鹿じゃないのと言われそうで
すが 洋裁の好きな方が 布を見ることによって イメージが湧い
て ワンピースを スカートをと思いを巡らすのと一緒でしょうね
この秋の作品展に展示する予定です 見てくださいね
キルトと布絵との二本立て 作品作りに 今はお尻が ぼうぼう
熱くなって 燃えたぎっています
果たして 作品展に間に合うのでしょうか 暑いと文句は言ってら
れません あれもこれもと急がなければ・・・・
日は 時は 駆け足で過ぎゆきますから

2012年8月21日火曜日

雲・くも・クモ〜空の雲


暑い一日が静かに幕を落とす時
青い空は薄墨色に変わりゆき
名残の陽の光が 空を雲を染めゆく 
やがて闇が訪れ 月の光が漏れてこぬ
夜が・・・長い夜が来る
暗黒の世界へのひとあし手前の輝き
夕焼けを眺め 仰ぎ 見つめて
下界の生き物は なにを想いつめ 
なにを感ずるのか
一日の苦しみか 明日への希望か
それとも与えられた命の讃歌か
喜びか・・・・・
夕闇迫るなか 怪しげな雲が行き交う
雨を呼ぶのか 嵐か 雷鳴をもたらすのか
心に不吉な風が吹く 心狂わせる匂いをまき散らす
草むらの影で 虫が鳴く 
秋を呼び込む音(ね)が かすかに響いてくる
心 安めなさい と諭すかのように 響き渡る
自然のなせる業 自然に任せて生きるか
自然から叡智を学ぶか 素直にしたがいて共存するか

夕闇迫るひととき 空を見上げれば・・・・・
いろんな想いが 心の中を過ぎっていく
希望の空もあれば 恐怖の空もある
ふと 言葉に表せない情に 囚われて いかにと思う時がある
空を見て なにを感じられますか
春の空は 夢を見させてくれる白いふんわりとした雲が浮かび 
夏空は もくもくと入道雲が立ちこめて 走りゆく雨を思わせ 
秋の夜空は 輝く月の光を浴び ひととき立ち尽くし想いを馳せる
冬空は 鈍色の厚い雲をはびこらせ 冷たい雪を舞い散らす 
冬の夜空は 星が美しい 煌めいて 冷たい空気が張り 星が輝く

暑かった日が暮れゆきました 明日も暑き日でしょう
やがて来るであろう秋の風に 想いを馳せて元気でいたいもの

二枚の写真 撮影時刻は同じ 同じ場所 右を向き 左を向いた
たったそれだけのこと でも表情は 違います
面白いですね 見る位置 立場によって ものが異なって見えます
現在 月は 朝 姿を現し 夜 陽が落ちて暫くすると20時過ぎに
消えてゆきます(関西地方では)

2012年8月20日月曜日

今日はどのストールで〜

八月も後十日余りで九月 速い早過ぎる
つい先日暑いと言い始めたばかりなのに 
もう秋が来る 否 朝夕 微かに秋の匂いが ・・・・・
この夏 暑いです 気温が高いです
熱中症にお気をつけ下さい そんな言葉
に気をとられ 必要以上には 外出をし
なかった為なのか 夏の初めに入れ替え
した夏服が 手を通さずぶら下がったま
ま そう着るチャンスが無かった
ああ〜これも着ればよかった あれも
もう今更 これは・・・なんてタンスの前で思案
今 顧みると少しばかりさみしい気もする もう少し夏を謳歌すれば
よかったのでは・・・・いいか そのかわり今日まで元気でしたから
でも 体は 体力は鈍っていることでしょう 
少しは 秋風を思い 涼しい風に身を包みたいと ぶらぶら歩いてい
たデパートで見つけたシルクオーガンジー 
ちょっと手に取ってみれば なんとも言い様のなほど柔らかく気持ち
がいい 軽く首に沿わせたら きっと・・・・・と思いは膨らんで
ストールに 柄もなく平凡な生地 しかしそこに魅せる風合いの優し
さ 好みのレースを添えて 巻いてみようかと 細身のジャケットの
襟元に 少しドレッシーなワンピースに 頭の中でくるくる巡って
白とココア色を求めてきました オレンジとグリーンがありました
でも 黒の洋服に白の衣装に合う色と私の好みで・・・・黒があれば
申し分なかったのですが 売り切れでは無く もともと無いそうで
土台のシルクオーガンジーに いろいろなレースを組み合わせれば
その時々で表情が変わり バラエティーに富んだ組み合わせが出来る
のでは・・・・・細いレース 太いレース レースも白 生成 グレ
イとその日の気分で ファッションで・・・・・
楽しみたいと・・・・
ちょっとした工夫で 人とは違う 自分なりの好みを貫いた
ファッションを楽しみたいですね お金を掛けるのでは無く 
ちょっとしたアイデアで・・・・


2012年8月19日日曜日

残暑の風


お盆の休みも終わり 静けさを
取り戻した日曜日
昨日の嵐とも言うべき雨風 雷
に寄って一気に下がった気温
しかし また元の木阿弥か
朝から陽射しはきついが少しは
秋に近づく気配が・・・・・
残暑と言う匂いが立ちこめて
空の雲は 夏の名残が・・・・
六甲の山々は くっきりと稜線
が際立ち 空が高く澄み切って雲は綿雲と入道雲とが入り交じり
こうして少しずつ秋に近寄っていく 暑いというものの 自然は
まことにしなやかに 移りゆくのだろう
朝早くから鳴き叫んでいる蝉の声も こちらの思い込みか幾分 弱々
しく 耳に響いてくる
その蝉時雨 さみしげに聞こえたけれど 今朝の天声人語に 書かれ
ている事とまさに同じではと・・・・・〜ゆく夏と競争するように
蝉の合唱ばかりが近所の公園林かまびすしい 「蝉は鳴く 神様が
竜頭(ねじ)をお巻きになっただけ/ 蝉は忙しいのだ 夏が行って
しまはないうちに ぜんまいがすっかりほどけるように」三好達治の
詩に思わずうなずく蝉時雨である〜と 文章はまだまだ続いています
日曜日 礼拝に出掛ける足取りのなか 感じました
電車を待つプラットホームから眺めた空 風が爽やかでした 夕べの
涼風のお陰で 熱気を含んだ風ではなく ほんの少しだけ 透明感を
含んだ気持ちのよい風に身を晒しながら 風を感じるこの身は 幸せ
そう 気持ちよく祝福を受けに教会へと 何処かで誰かが配慮してく
ださったのでしょう 気が付かない中で守られている その祝福に
感謝して・・・・・もう少し秋まで 頑張りましょう

2012年8月18日土曜日

激しい雷雨でした

朝 目覚めてああ〜今日もまた
晴天 暑い日であろうと 静か
に行動を起こす 何事も急いで
なせば 汗が滲むだけ ゆっく
り ゆっくり進めようと心がけ
るが 思うようには参りません
家事の後は 少しでも手仕事を
しようと どっかりと仕事机の
前に座れど 手は動きません
なんて怠け者と 自ら叱咤激励
するけれども・・のらりくらり
情けないですね
それでも頑張って 仕事をして
いる午後 2時半頃でしょうか
俄にかき曇り あっというまに
大粒の雨 慌てて洗濯物を入れ
一息いれましょうと降り出した
雨の庭を眺めながらのティータ
イム 久しぶりの雨降りかな?
と 首を傾げる頃 天空は
真っ黒 稲光 雷音が響き渡り 庭園灯に光が まだ3時ですよ
早過ぎます それ程に暗くなり 雨は激しさを増し みるみるうちに
庭は 川が出来たのかと思うほど水が流れて・・・・・
先日来 暑い日が続きすぎ 人間のみならず 植物も干され気味
一雨あるといいわね との言葉が出るほど 雨が恋しい 夕立がと
願いましたが 今日のは 夕立? とは思えません
激しい雨 激しい風 樹木が倒れるのではと心配するほど揺さぶり 
暗くなりようが気味悪いほど・・・おまけに この近辺 落雷で命を
落とした人 怪我をされた方がおられる程の激しさ
天地の狂いよう 何を怒り給う と叫びたい
黒雲がやって来て さあ〜っと降り やがて消えゆき 陽がキラキラ
射し込む従来の夕立は 何処に行ったのでしょう
雷雨 竜巻情報が盛んに流れていました つい数年前までは 夕立が
来るよ 雷よ おへそを盗られないようにと子ども達に話していまし
たのに 今は強い風 強い雨 頑丈な建物に非難を・・・世の中 
すっかり変わってしまったのでしょうか 気候が変です 変どころで
はない 神が怒り給うのか 人間の奢りに対しての忠告か・・・・・
嵐と言うにふさわしきものが去りゆき 気温は 一気に下がりました
冷たい風が 家の中を駆け巡って 走りゆきます

2012年8月17日金曜日

小さなバッタのいたずら?

まずはこの写真をとくと観て
下さい 哀れそのものです
丹精込めて育てているのに
この姿 瑞々しい緑の葉っぱ
哀れとしか 言いようがありま
せん 情けない と嘆く理由が
わかりますか そうです 虫に
食べられています 穴あきの葉
葉脈だけ残す葉 全てご馳走に
なって茎だけの姿 折角の草花
も花が咲きません 草花だけで
はなく 紫陽花などのかなり硬
い葉もむしゃむしゃ・・・・・
茗荷の葉などかなりの堅さなの
に綺麗に召し上がって軸だけ
残っています
犯人はわかりますか?
皆さんのお宅ではこんな事件は
ありませんか
この状態は 一昨年頃から始ま
りました 7月の終わり頃から
9月末近くまで続きます
初めて犯人を見つけた時は そ
の虫が 犯人だとは思いもせず
なんと可愛らしいバッタ
このバッタ 小さなバッタは
大きくなるのか それともこの
様な種類なのかと疑問を投げか
けて書いた事があります
今年は年々増えるのかすごい数
です もうお解りでしょう
小さなバッタが犯人です 
昨年は これは一大事と殺虫剤
を丹念に撒きました でも強い
驚くほど 薬を撒いたぐらいで
はくたばりません
一番下の写真は バッタを撮り
ましたが よくよく観るとすぐ
傍にもいます
水やりをすると バッタが ぱっと飛び散ります 数えることが
出来ないほど・・・・どうしたらいいのでしょう
始めはここから大きくなるかと思いましたが このような種類ではな
いかと思います 子どもの時 或いは今まで見たバッタは かなり
大きなバッタで オンブバッタもいましたし 子ども達は虫かごに入
れて喜んでいました その頃はこんな小さなバッタは見ませんでした
種類が違う 今までいなかった と言うことは 外来種でしょうか
何か退治するいい方法をご存知ありませんか
バッタが住む庭 風情があるようですが このような状態では 困り
ます 日に日に荒れていきます 
虫にも命はあります 魂があります でもこれでは植物が可哀想です
植物にも命も魂もあります どちらにも命があって大事にするべきな
のでしょうが 本当に困り果てています
一匹や二匹のバッタなら 捕まえることが出来ますが あまりにも多
くて・・・・・バッタの生態はどうなっているのでしょう
いつ卵を産み いつ羽化するのか いつ成虫になるのか
全然解りません 考えても見ませんでした
けれど辞書を引いてみました 一般的に「バッタ」で
雌は土中に穴を掘って産卵し 多くは卵の状態で越冬する 変態は不
完全 草木 稲科の植物を好む・・・・・とあります
助けて〜と大声で叫びたい気持ちです 助けてください
〜街道をきちきちと飛ぶバッタかな/村上鬼城〜と歌が詠まれています
風流なうたですが・・・・・



2012年8月16日木曜日

暑さに負けてません

暑いですね この言葉を知るの
み 他の言葉は忘れました と
言うほどに暑い 口から出るの
は暑いばかり 少しはましな
言葉を出したいけれど・・・・
暑いのは気温だけではなさそう
ですね テレビのワイドショー
はオリンピックの余波が続いて
どのチャンネル廻しても話題は
オリンピック関連 そして領土
問題 今朝の天声人語に書かれ
ていた言葉 最後の文章ですが
〜日本領海 波高し こうなれ
ば自衛隊常駐だ 核武装だと熱
くなってはいつか来た道だ 
どんな時でも 国民とメディア
が「正気」を保てれば道を大き
く誤ることはない 数百万の命
と引き換えに 日本が学んだこ
との一つである〜そうですね 
もっと冷静に話し合いが持てな
いのか 利権があるからでしょ
うが 何もない島なら こんな
に問題にはならないでしょう
この暑さなのにカッカと熱くな
らないで・・・冷静に・・・
夕方になっても気温が下がる様
子もなく それこそ容赦なく 
陽はカッカと照りつけ テラコッタの植木鉢は 煮えたぎるほど
テラコッタやアスファルトの上で卵焼きをすれば さぞかし美味しく
焼けるのでは それほどに暑く 西日が強く照りつける 夏の初めに
植え付けた花達は 世話をした甲斐なく 日照りにやられて 命絶え
たのも数多くあり 植木鉢が空っぽか または 枯れた姿が哀れに
残っているか 何れかの中で 頑張って咲き続けている花たちもいま
す それも暑苦しい様子でもなく 涼しげに爽やかに咲いています
暑いでしょうと声かけしても 大丈夫よ とすました顔をして首を
振りながら笑顔を見せてくれます
強いね〜と感心しています 午後からの陽射しを 陽が傾くまで浴び
続けるのですから大変 熱中症にならないでねと 陽の光が弱くなり
始めた頃 お水をあげながら 感謝の気持ちを忘れないで ささやき
ますが・・・・・もう少しの辛抱でしょうか 
お盆休みで帰省していた息子も この暑さの中 自分の住処へ戻って
いきました 我が家の盆休もこれにてお終い 静かな暮らしが始まり
ます 再び 息子達が戻ってくるのは お正月でしょう
それまで元気で暮らしたいもの 日々感謝の気持ちを忘れずに・・・

2012年8月15日水曜日

祈りの日

雨模様かと思いしも暑い一日
今から67年前もこのように
暑い日だったように記憶して
いる 定かな記憶ではないが
子ども心に 戦争が終わった
と聞かされ 伯父や伯母達の
ホッとした顔を今でもはっき
り覚えている 暑い陽射しの
中で 太陽がキラキラ輝いて
いるそんな日だった
あの日の空は 雲一つない程
に晴れ渡っていた
戦争のために疎開を・・・・
駅から一里以上遠く離れた
山あいの村に預けられた
あの時 戦争が終わったと
聞かされた時 なにを想った
のだろう これで我が家に 
都会に帰れると喜んだのか
何も記憶がない 今日のような爽やかな雲が あの日も同じように
浮かんでいたのだろうか 空を見上げるだけの余裕があったのだろ
うか 各地で営まれた戦没者追悼式 あの時の体験者は 少なくなり
あの苦しみがすでに風化されつつある
まだ年端も行かぬ子どもが 親から離れて山村で暮らす 伯父や伯母
そして従兄弟がいたというものの 何もかも自分でする 洗濯は勿論
のこと 井戸水を汲んでするか 川で洗濯するか そして竿に通して
干す お風呂の水を汲むのが日課に与えられ 井戸水を汲む 大変な
仕事でした 右手の薬指にばい菌が入ったのでしょう 化膿して 
それが冬のことでしたから 冷たい風に当たるとその痛さは 泣いて
も泣ききれないほどでの痛み 母親が手当てしてくれるわけでもなく
自ら手当てをしていました 伯母達が 冷たいのではなく面倒を見る
だけのゆとりがなかったようでした 朝早くから畑へ出掛け夕方まで
戻りませんでしたから・・・・・完治するまでに何ヶ月もかかり 最
後は 爪が剥がれ・・・・・それでも耐えて泣きませんでした
母のところに帰りたい 父のところに 家族の下へ なんて泣き言は
一切言いませんでした 今の子どもからは想像できませんね
頭ではっきり解らずとも 戦争というものを身に浸みて解っていたの
でしょう 贅沢はいいますまい・・・・・
午後の空 雲の流れを眺め 67年前の空は どんな色 どんな空
だったのでしょう 喜びの空だったのか 哀しみの空だったのか・・
戦争放棄の憲法が出来 それを守って今日まで しかしよその国や
日本近海は怪しい雰囲気ですね
解っていながら 終戦を決断しなかった軍部 もう少し早く終えてい
れば 沖縄の苦しみも 広島 長崎の原爆投下もなかったことでしょ
うに でも 今はそれらを教訓として行くべきなのでしょうが・・・
切に平和を願います 二度と戦争は起こしてはならないと深く心に
刻み 平和を守る努力を そして深く祈ります 祈りの日です 



2012年8月14日火曜日

スノーグース

なんていやな天気なのでしょう
各地で雨の被害があった様子
久しぶりに気温が30度をした
回ったけれど 気圧の関係で
しょうか 蒸し蒸しして 何も
かもが体に纏わり付いて 嫌な
気分 気持ちのよい風の下 肌
に纏い付く何かを無性にはぎ
取りたい・・・
暑い だから外出は避けよう
体力の消耗を避けようと 家に閉じこもりがち では手仕事が 
捗るかと思いきや ままにはならじ・・・・哀しいね
人間ってなんでこんなにだらしがないのかと哀しい エアコンを入れ
快適にしても 集中力が萎えていく なんとなく暑い気持ちが沸き
上がって 外は暑いのだろうなんて思うばかりで 余分な考えなど
いらぬのに 我が身の我が心 思うようにはコントロールできず
情けない状態・・・・・
「スノーグース」(ポール・ギャリコ作 矢川澄子訳)を読みました
タイトルがスノーなんて涼しそうだからと言って読んだわけではなく
なかなか味わいのある本でした  三つの物語から構成されていて
三作とも女性の心情が書かれています ひたむきで素直なしかも普遍
的であり根源的な女の願いが 淡々と書かれていて アッという盛り
上がりはないけれど 心に深々と染みこんできます
その心情 涙が溢れるほどの心根 憎いほど よく気持ちが表されて
いると思いました 本は好きで読みますが 批評をするほどの読み込
みは出来ません もともと ポール・ギャリコという作家は 好きな
作家で以前 猫物語「さすらいのジェニー」「まぼろしのトマシー
ナ」を読み 一度にファンになりました この2冊は 子どもを対象
としているようで 子どもの本の棚に並んでいます 勿論 高学年向
き でも大人が読んでも充分に納得できます 猫と子どもの精神的な
交流 そしてそこに生まれていく精神的な心の流れに 感動した覚え
があります 
このスノーグースは三編とも人間と動物との関わりが描かれています
表題のスノーグースは 迷子の渡り鳥と女の子と灯台小屋に住む画家
との関わり「小さな奇跡」はいつも微笑みをたたえた温和しい荷役の
ロバと少年の関わり 弱ってきたロバのためにローマ法王に面会に旅
立ち その思いを果たす話 すごい結末です 三作目は「ルドミー
ラ」聖女ルドミーラの名前をもらった少女と弱虫の牝牛との交流 
どのお話しも心にじんわり染みこんできます 
そこには ひたむきな愛が 語られています 機会があればお読みに
なってはいかが? ひたむきに貫き通すことが出来る愛 ここまで
ひたむきになれるのか 自身だったらいかに?
心にじんわりと来る 心温まる優しい読み物でした
暑い 暑いと言いいつつも 木陰で風に吹かれて 読んでみれば 
尚のこと 浸み渡ったことでしょう

2012年8月13日月曜日

暑い中 ユリが〜

お久しぶりですとまずはご挨拶
三日間のご無沙汰 ネットとの
縁が突然切れ 原因 不明 
メールもネットも接続不可能
やっと今日の夕方に回復
やれやれ一息です
毎日 ブログを書くことを枷に
していただけにうずうずの日々
でした やっと復活 
祝復活に道端に咲く百合の話を
昨日 日曜日 例の如く教会へ
雨模様の傘マークや雲マークの
天気予報は嘘のように 晴れて
暑い とにかく湿度が高く 体
がじっとりと萎えてくる
そんな天候の下 太陽を遮るも
のもない中 ユリがコンクリー
トの上に顔を出している しか
もなんと側溝のなかから 溝の
蓋の隙間から 地上に僅かに顔
を出したところで 可憐に花を咲かせている
驚きました もう季節的にもユリの季節は終わったはず それに百合
は球根から・・・・・球根が何かの弾みで転がって溝に落ち込んだの
でしょうか 二本も芽が出ています 一つの球根なのか 二つなのか
溝の中を覗いて見ましたが よく解りません
教会のすぐお隣の家の玄関先の側溝です 丁度ガレージの前 すごい
教会のすぐ横で 落ちこぼれた(多分そうだと思う)球根が花開く
教会とは キリスト教とは縁の深い花 何か不思議な感じがしました
この暑さ 満足に土もないであろう中で咲く 命の強さを感じます
幾人かは礼拝後 この道を歩かれたと思いますが 気付かれた方は?
暑いと愚痴をこぼしながら歩き始めた途端 目に飛び込んできました
あっ〜 百合が咲いている と思わず声をあげました 一緒にいた友
は 見向きもしないで通り過ぎました 先にいってくださいと 私は
カメラに・・・・立ったままでは 花の顔が見られません 開き始め
ているだけしか解りません 私はバックを地面に置き 膝をついて
まるで地面に倒れ込むような格好でカメラを・・・通りがかった人に
声を掛けられました 大丈夫ですか? ええっ〜?こちらが驚きまし
た 私が倒れていると声を掛けてくださったのです ご親切に・・・
二人の人にそうして声を掛けられました みっともない 恥ずかしい
行為だったのかな?と一瞬は思いましたが こんな貴重なシーンを
撮らなくては 今を逃せば もう巡り逢えない 来週はどうなってい
るのか 全く予測がつきませんものね
でも 命 尊い命 強いですね 生きようとするその力 どんな境遇
であれ生きる すごいなあ〜 ブチブチ 暑いと愚痴を言う自分が 
情けないね 恥ずかしいね 教会の敷地が終わった連なりに咲く百合
何か暗示されているようで・・・・・揺らぐ信仰心の戒めか・・・
いや けなげに 全うに生きなさいと 知らしめているのか
とにかくいい物を見ました あなたこれを見なさい この花を と
神様が教えてくださったのでしょう 心に爽やかな風が吹きました
涼風? 慰めの風? ネットが接続不良でお手上げの中 いらいらし
ている何か世の中からおくれをとる様な心根になっていた我が心を
戒める風だったかも ほら このけなげなユリをご覧なさいと
神がしめしてくれたのでしょう 友には見えなかったから・・・・・
感謝ですね 唯 ただ 感謝 いい花を見ました

2012年8月9日木曜日

祈り〜1

広島・長崎が被爆して67年 そして
昨年 福島は被爆 被爆の苦しみが 
解っていながら 人間は何をしてきたの
か 昭和20年 子どもだった私には
広島 長崎で何が起きたのか何も解って
いませんでした 唯 ピカドンという
ど偉い爆弾が落ちたと言うことと もう
草木が生えないと大人が話しているのを
耳にしただけでした
高校に入学した最初の化学の時間に先生
が 広島の原爆が落ちた当時の様子を2
時間に渡って話して下さった 
広島高等師範に在籍だった先生は その
瞬間 市内にこそいなかったが すぐ市
内に入り友人・知人を探したと事細かに
話して下さった その時の様子が 心に
深く染みこみ 戦争が終わって15〜6
年目頃に初めて広島を訪れました
とてもさみしい街だった印象が残っています 
そして再び30年ぶりに訪れた広島
教会の中高生の夏のキャンプ「広島への
旅〜平和をつくりだすために〜」に参加
被爆体験者の方の話を間近に聞き 爆心
地に最も近い小学校を訪れ 平和記念公
園の碑巡りをして 世界平和記念聖堂の地下にある祈りの場で 
祈りを捧げ 充実した それでいて平和とはと考える三日間を
過ごしました(98年8月末)
二泊の旅でしたが 夜 夕食もすませ 祈りを地下にある祈りの場で
蝋燭の明かりだけで祈り その後 感想文を書かされました
子どもだけかと思いきや私たちも同じように二晩とも書きました
今その記録を見て懐かしくその時の光景が甦ってきます 
〜30幾年振りかにおとずれて その復興に駅を降りたとたんに驚き
ました何も生えないであろう 荒涼たるままであろうと言われたかの
地が このように変わっていたのは・・・川はすごく美しくなって
いました 本当に本当に驚きでした
夕べの祈りの地下聖堂は 心静かに洗われる気持ちがしました 
この静かな時 心静かな時がたとえわずかな時間でも持てたのは感動
です どこにいても どんな時にでもこういう心が持てる様に そう
いう心で祈れるようになりたいと強く思いました
明日訪れる平和公園 資料館などは以前の時と違った心で見える
でしょう 核のない平和の大切さをしっかりと心にとめたいものです
〜と書いてます 一部分です
二日目の感想文もあります 次ページで 読んでみてください
今の日本の現状を思い 核のない平和 福島の苦しみ 今改めて考え
直す時が来ていますね
二度と草木も生えないと言われた土地がめざましく復興をしたものの 
日を追うごとに風化されていく現状 そして原子力がいつのまにか
安全神話が生まれていった人間の奢り
今日は 長崎の記念日 昨年 福島での事故を鑑みていかにと・・・

写真はスペイン サンティアゴ巡礼の旅の時の写真です
コンポステラまで後300㎞弱のピレネーのイラゴ峠にある 鉄の
十字架です 祈りを込めて各自の石を積み上げていく
下段の写真はフラン領内で 教会の裏手にある墓地の横にたつ
十字架とイエス像 美し空の日 近くは美しい村がある
下段に 祈り〜2



祈り〜2

平和をつくりだすためにの旅に参加したのは98年8月末
残暑厳しい中 二日目は平和記念公園内の碑巡り 資料館(久保田
牧師の案内)平和記念聖堂内で被爆証言(服部節子さん)を聞く
その時の感想
〜前文略 この度の旅 久保田牧師の案内により碑巡りは 何処を
訪れても心の痛みが増すだけ 資料館など見た感想は 20代に
訪れた強いインパクトは 今回は薄れてかなり風化されていると感
じただけに 久保田牧師の解説をくみ取って深く考えていかなけれ
ばならないと思いました
核は人類を滅ぼさせる そのこと 広島の方達が体験したことを
ふまえて 平和の大切さと歴史の流れをくみとりながら歩んで行か
なければならないと強く感じた どんな小さな事でもいいから
スタートさせる そして手を取り合って生きて行く そして世界に
向かって常に訴えて行かなければならないと思う
また 久保田牧師の解説のことばで 原爆が落ちたそのことを喜ぶ
人間がいる 日本が滅びて解放されてよかったというアジアの人達
がいる そのことはある意味でショックでした
日本がアジアにとってきた歴史は話で知っていたものの その様な
考え方があったとは・・・それは歴史の1ページに葬り去るのでは
なく 日本人全員が考えて行かなければならない問題と 深く感じ
ました 
高1の時に話してくださった先生は 今尚現在 お元気であると
知って この広島を訪れ 街を歩いて 巡って 見て 聞いて そ
の時が ほうふつとしてきて うれしく思いました
またいつの日か広島を訪れることが出来れば来たいと願っています
被爆樹 青桐の種というか花一輪いただいた その時心に過ぎった
ことは 作品にしたい 広島 原爆のそれらを思いに載せた作品が
作りたいと願いました 宿舎に戻ってすぐスケッチはしましたが
・・・果たしていつの日になるのか 心がそこへ向くように〜
この時 宿泊した世界平和記念聖堂の中のラサール館で
この聖堂は 日本人の設計ですが殆ど世界各地から送られたものに
よって建造されている 地下には小さな聖堂があり 当初24時間
平和のために祈り続けられた けれど川の多い広島は地下は湿気が
多く健康を害するシスターも出て 断念された
たくさんの考える課題が生まれ また平和を維持する難しさ 平和
とは 深く思い知らされた旅 よき旅でした
文章はその当時のままです

2012年8月8日水曜日

まだ咲いてます

今頃 アジサイ??おかしいよ
時は八月ですよ そう解って
います あつくて暑くて やり
きれない日々です 
暦の上では立秋なのに 今まさ
に 夏 真っ盛り それなのに
このアジサイの咲きぷっり 
どう思われます?
奥の花はアナベル 6月頃から
咲き始め 最初は真っ白の花が
日が経つにつれライムグリーン
に変わり 今なおこの状態
手前は ハイドランジアのマジ
カル 以前にも何回か報告しま
した 最近 出回り始めた新し
い品種です
マジカルの通り薄いうすい紫を
忍ばせた白からライムグリーン
へ 花が痛むこともなく咲き続
けています 
アジサイは 次の年も咲かせようと思えば 早く剪定をしないと 
花芽がつきません マジカルは このまま日が過ぎれば 秋も楽しめ
るそうですが 次の年のことを考えると・・・・・ どうしましょう
悩める乙女の状態です
アナベルは このまま切らずに残すとドライフラワーのように冬枯れ
を楽しめる 春に地際の芽まで切り戻しても その年の6〜7月頃に
咲く と言われています
マジカルだけが気に掛かります 夏場 余り花のない時期だけに 
小さなガーデンに 彩りを添えてくれるのは嬉しいのですが 難しい
ですね
でも 強いですね この暑さ へたばって枯れていく草花もあり 又
樹木も傷んでいます けれど この元気さ 羨ましいですね
リビングから庭を眺めては いつも声かけしています
「あなた 元気ね〜 どうしてこんなに暑いのに 瑞々しいの その
元気 分けてくれない?」 こんな声が届いているでしょうか
届いているのでしょう 眺める度に 癒され和みます さあ〜 暑い
けれど 頑張るね と思いますから 花の精は 聞き届けてくれて
いるのでしょう
花の行く末をどうするか しばし考えます
今日は 温度が高かったらしいですが 随分と過ごしやすい日でした
焼けるような暑さは感じませんでした 
風は まるで秋の風のようでした

2012年8月7日火曜日

東日本大震災追悼詩集

オリンピックがたけなわ テレビ観戦に夢中 眠ることも忘れて
ガンバレ ガンバレと 夕べはと言うよりは深夜とも言うべき時刻
我を忘れてサッカー観戦・・・・・女子は強い 女は強くなったと
言いたいほど鮮やか 華麗なテクニック 気持ちがいいねえ〜
東日本の震災の人たちのために元気を 勇気を・・・・と
東日本大震災 その傷跡は癒えることなく 苦しみの中に在る幾多の
人たち のうのうと暮らし テレビを観て 眠る時間がないとか
贅沢な言葉を吐き出して 私たちになにが出来るのか 街頭の募金活
動もいまはなく と言って歳老いた身 ボランティア活動も出来ず
何をしてあげられるか 阪神大震災を味わった身だけに 余計に心
つまされる 唯 神に祈ることだけしか出来ないのか 神に祈る
いつでも出来る もっと形に出来ることは・・・・・
先月9日にここにエッセイを読んだことを話しました そのエッセイ
の一つ 内舘牧子著「二月の雪、三月の風、四月の雨が輝く五月を
つくる」の本の末尾のあたりで書かれた言葉
〜「仙台で一冊の詩集を手渡された 表紙には「東日本大震災 追悼
詩集 沈黙の海 菊田郁」とあった書き出しで 中味が紹介されて
いました 今 本が貸し出し中なので よく覚えていませんが 作者
更に〜泣けて困った詩がかかれていました「夜明けに雪が止むと/青
く澄み渡った夜空に/いつもより多くの星が/ささやくように/光った
その日/たくさんの/たくさんの命が/空に昇った」3・11の夜更けは
「星がきれいだった」と多くの人が言う 誰の目にも いつもより
多くの星が見えたのは「死ぬと星になる」という証かも知れない 
3・11を風化させず自分になにが出来るか考えたい と まだまだ
書いてありましたが 最後にこの詩集は 連絡すると送料込み
一冊800円で購入出来る その内300円は「みやぎ育英募金」の
震災孤児基金におくられる
これを読み終わった時 すぐに 作者の方のところに電話を入れて
申し込みました これなら私にも協力が出来ると思い・・・・・
送付は7月の末頃になるとの事でした 勿論 それでもいいと返事を
して待ちました それがやっと 今日 届きました
50ページほどの小さな本です 一字一句の言葉が心にしみ渡ります
本で読んで知っただけでどの様な本なのか ですから 少しだけ注文
しました 皆さんにお見せして読んでいただけるようなならば また
注文しようかと 昨年 出版された手作りの詩集 それでも 今日ま
でに 寄金は90万円を超えましたと手紙が添えられてました
どの詩を読んでも 心震えます 涙します 考えさせられます
いかに命が大切か もう帰ってこない多くの命
私にも出来た 一つの小さな ちいさな ボランティア 


2012年8月6日月曜日

不思議な虹

台風の影響で まるで蒸し器の
中でむされているお芋さん状態
じっとりと滲んでくる汗
ふかし芋が出来そう 見るから
にまずそうな・・・夕方 雷と
共に雨 少しは涼しくなったで
しょうか 庭の水やりが省けた
だけ助かりました
気分的に鬱陶しい天候の中
友人から送られてきたメール
昨日 外出の帰り電車の中から
見た夕焼け雲が綺麗だったと
のメール 嬉しい便りでした
本人の承諾をもらっていません
が 許していただけると信じて
〜甲山のすぐ上の夕日のオレン
ジ色とピンクとグレイの濃淡が
重なり合って、その色が淡く
やさしく 初めて見たように思います・・・・・心が和らぎ
ました〜と 記されていました 
私は見ていませんが 自分が見たような感覚になり その情景が瞼の
裏に広がり絵が描けるような気がしました その情景を見た彼女の
心の内が読めるような気もしました 勿論 勝手な憶測ですが 心が
ふるえたのではと・・・・ それと同時に 五年ほど前に見た太陽の
不思議な現象を思い出しました
2007・3・16 Pm3時半頃 服部緑地公園内で
その時の様子を次のように記しています
〜ふと見上げた空に見事な虹が出ているのに驚き とその珍しさに
おののき震え得も言われぬ感動しました
帰宅後 興奮冷めやらぬ中 気象台まで電話して問うたが 解らず終
い しかし 後日 新聞にそのことが載っていた
「太陽を囲むように虹色の弧が左右にあらわれる「彩雲」と逆さ虹と
も呼ばれる{環天頂アーク}が同時に観察された 二つが重なるのは
めずらしいことで 古くはめでたいことが起きる前兆とされた」と
記事が書かれていました 
上段の写真が 環天頂アークです 一番下の写真は 彩雲でその少し
離れた場所に「アーク」がはっきりと観られ 言葉で言い表せない程
の感銘を受け 不思議な心にとらわれた
宇宙の神秘さというか 自然現象のすごさ まさに神業
心が吸い寄せられるほどの恐ろしさもおぼえた〜
以上 当時 記した文章そのままです しかもその日は一滴の雨もな
く気象台でも雨は観測されていないと言うことでした
当時 携帯ですぐに新聞社に送っていたら ニュースになりましたの
に カメラで撮ったのをパソコンに入れて送ると言うことが早業では
出来ず残念でした でも新聞に載っていた写真より綺麗でしたので 
ちょっと嬉しい まだ携帯を持っていなかったのでは???・・・・
大阪科学博物館へも連絡すればよかったと後で知りました 
とにかく何事?とまずは恐怖心にとらわれました 
逆さ虹が・・・そして太陽の周りを円を描くように虹が出ている・・
なにも解らない者にとっては 天変地異が・・・・恐怖でした
けれど 素晴らしく美しく あの時の心の揺らめきは忘れません
おそらくもう二度と見ることはないでしょう
空が好き 子どもの時から 秋風が吹きはじめた頃の夕焼けは 
またとない美しさがある 子どもの時 焼け野原で見たあの夕日 
夕焼け雲 忘れられません 秋桜が揺れてました 
なびいていました
自然は 恐ろしいけれど 美しい 誰があの宇宙を・・・・・
碧い空を 夜空を・・・・・神が・・・・